日記・コラム・つぶやき

やきもちやき と 兄弟げんか

妬きもちが生じて隅に入ったため、最初に打ち込んだ石が攻められるという・・・
典型的な「やきもちやきrain

ところで・・・
右下活きる手順が在るような気がするが生死は関係ない。例え活きたとしても、中の黒が攻められて右辺が地模様になったのが大きい。
活きればいいといった考えはこの時点では止めた方が良い。

【棋譜再生】



















| コメント (0) | トラックバック (0)

碁盤の前の懲りない面々

しかし頑固だねぇ、あきれるほどね

駄目だというのに、何度言われても治らない、負けても負けても打ちつづけて・・・

いつになったら言うこと聞くのさ、え「打つのが楽しい」って?
勝てばもっと楽しいよ!

| コメント (0) | トラックバック (0)

三等分とは?

子供と碁のヨセの話をしていて質問されましたが子供に分かるような言葉で明確に回答できなくて。。。
誰か教えて^^;

子供に教えるときに困るのは大きさの話。こっちが大きいといってもなかなか理解してもらえない場合が多い。特に模様の話になるともう大変で大変で・・・、まぁ大人でもそうなのですがねぇ、でまた、ヨセの話で半目とかいやもう(汗

そんなこんなで分数の話をしているうちに「三等分」が出てきて「先生おかしいよ、三つには分けられないもの」ということでした。

そりゃそうだ「一を三では割れないよなぁ」ということに相成ったわけで、「一体三等分とは?」・・・

| コメント (0) | トラックバック (0)

碁とは

境界線策定作業と見つけたり。

碁を始めたばかりの人に教えることはただ一つ、「穴を塞ぐこと
これ以上出てくるな・・・と

出刃亀は許すな。ノゾキは接ぐべし! 例え露出狂であったとしてもだ。

| コメント (0) | トラックバック (0)

だめになってから考える

う~~ん

そのまえだよ

検討もね

| コメント (0) | トラックバック (0)

戦線離脱

おぉ~~~いぃ、そこは今戦ってるところとちゃうど~

今戦ってるところ打ってくれえぇ~い、戦線離脱だべ今戦ってるところが一番大きいんよ、[接近戦で手を抜くな]力関係が大事なんよ、どれだけ発言権を持つかが大切なんよ。

ん?、白は何時も手抜きするでしょ?しょかしょか(^^;

そりゃね、理由は二つあるよ
1:アブなさそうで大丈夫の場合、少し棄てればそんなに大きな被害にならない地はあらされるが死ぬような石ではないとか。。。のばあい
2:もう、手入れしてもしょうがない、打ちようがない
だね

石は力、力が内に働けば[地]外に働けば[厚み(模様)]力関係を大事にしようぜ
力関係が逆転しちゃだめだべ~

| コメント (0) | トラックバック (0)

お願いだから接いで!!

なんでかな〜、一間とびをのぞかれて接げない。あ〜〜何度言ったら分かってくれるのかな。困った。どうすりゃいい?どういえば接いでくれる?

裂かれた両側の石二子の問題じゃないよ、二手だよ二手無駄になるんよ。

| コメント (3) | トラックバック (1)

工夫

毎回同じパターンで負ける、なぜだろうね?

例えば、閉じ込められて殺される。切られてとられる。攻められていつの間にか地が足りなくなる。等々
そういう人と何回か話をしてみるんですがね〜、意味不明なことばかりで(汗

例えば閉じ込められて殺される人の話は「死活がわからない」ということらしい、「死活に強くなりたい、勉強しなくちゃ」という結論なんだね。確かにそうだ、「的を得てる」と思った人はちょとちがうべ?確かに一面ではおっしゃるとおりだね、間違ってはいないよ。しかしだね今から詰め碁を勉強してさ何時になったら身につくの?半年?1年?たとえ強くなってもそのほかに覚えることは腐るほどあるよ。それまで負け続けるの?

その前にやることはあるべ、もちろん勉強続けながら実戦に役立てる方法さ、閉じ込められないことだよ、連絡しながら頭を中央へ出しておくことだよ。

石が挟まれて攻められて切られたり閉じ込められたりする人も同じことを言うね、見えない石が見えてないからだね、まそれが棋力といってしまえば身もふたも無いが・・・
「挟まれた時のことも覚えなくちゃならないでしょ?」しかり、ごもっともな話で。しかし入っていった石が良い位置なのか悪い位置なのかは論じられていない、そんなことは考えていないんだね。無理なところへ入って行って取られるのは自然の摂理よ、そんなうち方する前に入らなくてすむ方法を覚えて法が何ぼか良いのにね。

割かれ形しかり、ヨセしかり、まぁ色々と理由はあるものですなぁ、そのどれもが意味不明なものにしか思えないんだけどね。(汗。まじめに勉強したって苦しいばかりでつまらないべ、勝率もそこそこになれば楽しくならない?

攻撃したり非難したりするつもりで書いてるんじゃないよ応援だよ。技術的なことばかり覚えなくてもね、自分の頭で考えて自分の弱点を補う打ち方すればいいんだよ、それが戦略だね、どうも戦術に走りすぎてるきらいがあるような気がするな。「交互着手」はルール、誰が来ても交代に打つから一手でおかしくなることなんて無いのね、守れば勝てる事もあるのにあっちが大きく見えて入っていって、全部の石がばらばらで。。。

棋風は工夫で苦風になるなよな。
結果ばかり考えて結論出すなよな、その前の手を検討してみろよ。
技術論に走るなよ、自分の社会生活での経験を生かせよ、ゲームとはいえ経験体験が役に立たないわけ無いだろよ。

| コメント (0) | トラックバック (0)

碁の面白さって何だ?

人によって違うだろうな、面白くなくて打ってる人も居るかもしれないしな。
とんぼの場合を書いてみる。

昔昔のその昔、5寸釘を地面に刺して線を引き相手を追い詰めていく遊びがあったのを覚えているだろうか?今時釘もなければ地面もないしなぁ、そうだ、トロンと言う映画を覚えているかな?あれと似たようなゲーム感覚でいるね。

四角い盤面に最初に置いた点がそのうち接ながって幾何学模様を形成する。床屋で横になっていて天井の模様やクロスの模様、染みが碁石の連絡に見えたりね。

また、相手の考えが何処にあるのか、読めたときは思わず[にこ]だね、どうやって意図を砕くのか、又その中でいかにして自分の絵を描くのか、最初は色んなそれこそ考えられないくらい沢山の思いがあって実現させようとするんだけど一つの絵を描くことによって他の絵が描けなくなったりしてな、どの夢を選択しどの夢を棄てるのか?相手との戦いより自分の意思(石)の整理かな。

そういう自分だけの頭の中で自分だけの考えを誰にも邪魔されず自分の手で描けることかな。創造に浸れるところが一番だろう。結果は別な問題だね、縛られるのはいやだから、世の中制約ばかりだもんね。

| コメント (0) | トラックバック (0)

碁は頭脳の格闘技

だそうな。

キリストは右の頬を打たれたら左を差し出したって、
柳生十兵衛は片目をつぶされたとき反対側の目の守ったそうな

ま、意味不明だけど〜

手抜きされたら連打しろよ、頭たたかれたらお尻でもいいからたたき返せよ

頭なでられてお尻さすられて喜んでちゃだめだべさ

| コメント (1) | トラックバック (0)